岡山地方裁判所 平成3年(ワ)775号 判決 1993年5月25日
原告
平田克己
被告
松尾達磨
ほか一名
主文
反訴原告の反訴請求を棄却する。
反訴費用は反訴原告の負担とする。
事実
第一申立
一 反訴原告(以下「原告」という)
反訴被告(以下「被告」という)らは、原告に対し、各自金四五六万円及びこれに対する平成二年一月一六日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
反訴費用は被告らの負担とする。
仮執行宣言。
二 被告ら
主文と同旨
第二主張
一 請求原因
1 交通事故
平成二年一月一六日午後三時四四分、岡山市原尾島四丁目一一番二四号先国道上において、原告運転の普通乗用自動車(岡山五九ね七七九、以下「原告車両」という)に被告松尾達磨(以下「被告松尾」という)運転の普通乗用自動車(佐賀五七す四〇八、以下「被告車両」という)が追突した。
2 責任
被告松尾は被告車両を運転して国道を進行中、原告が原告車両を停止させた際、前方を十分注視して進行すべき注意義務があつたのに、これを怠り、被告車両を原告車両に追突させた過失があるから、同被告は、民法七〇九条及び自賠法三条の責任を負い、被告有限会社三誠堂は、被告車両の運行供用者として自賠法三条の責任を負う。
3 被害
原告は、本件事故により頸部捻挫の傷害を負い、岡山市一宮所在の須藤外科整形外科医院に平成二年一月一六日から同年八月一〇日まで通院(実日数五六日以上)して治療を受け、他に岡山済生会病院脳神経外科で受診したが、後遺症として、現在も頸部、頸部より後頭部にかけての熱感や鈍痛、耳鳴り等がするなど局所に頑固な神経症状が残存している。
原告は、本件事故当時、有限会社平田屋根工事の代表取締役として事業全体をとりしきつていたが、本件事故による受傷及び通院治療のため全く仕事ができなくなり、事業の継続が不可能となり、事実上廃業に追い込まれた。
4 損害額
(一) 通院交通費 六万円
(二) 休業損害 二四〇万円
原告の休廃業による損害は、昭和六三年賃金センサス第一巻第一表男子労働者学歴計満四五歳ないし四九歳の平均年収額五八五万三一〇〇円を年間日数三六五で除し、治療期間や通院実日数等を考慮した休業日数一五〇日を乗じた約二四〇万円が相当である。
(三) 傷害慰謝料 七〇万円
(四) 後遺障害慰謝料 一〇〇万円
5 弁護士費用 四〇万円
6 結論
よつて、原告は、被告らに対し、各自損害合計額四五六万円及びこれに対する本件事故発生の日である平成二年一月一六日から完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
請求原因1、2は認め、同3ないし5は争う。
本件事故は、原告車両のリヤバンパー付近に僅かな損害(修理費五万二二六〇円)が見られる程度の軽微な追突であり、原告には右事故後他覚所見はなく、その症状は既往症である変形性頸椎症、脳疾患によるものであり、右事故と右症状との間に因果関係はない。
第三証拠
本件記録中の証拠に関する目録のとおりであるから、これを引用する。
理由
一 交通事故
請求原因1は当事者間に争いがない。
二 責任
請求原因2は当事者間に争いがない。
三 被害
原告は、請求原因3のとおり、本件事故により頸部捻挫の傷害を負い、後遺症として、現在も頸部、頸部より後頭部にかけての熱感や鈍痛、耳鳴り等がするなど局所に頑固な神経症状が残存しており、また、本件事故当時、有限会社平田屋根工事の代表取締役として事業全体をとりしきつていたのに、本件事故による受傷及び通院治療のため全く仕事ができなくなり、事業の継続が不可能となり、事実上廃業に追い込まれた旨主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに沿う部分があるが、以下に説示するとおり、右受傷、後遺症、就労不能、廃業に関する部分は容易に採用し難い。
なるほど、甲第二ないし第四号証、乙第六、第九、第一五号証、証人須藤和夫の証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、本件事故当日である平成二年一月一六日須藤医院(須藤和夫医師)で受診し頸部捻挫との診断の下に通院を開始し、同年八月七日まで実日数五九日間通院し、同医師の紹介で同月三日岡山済生会総合病院脳神経外科で頭部CTスキヤン、頸部X線撮影による検査を受けたこと、須藤和夫医師は、同月一〇日、原告のため、傷病名として「頸部捻挫」、自覚症状として「耳鳴、頭痛、肩凝、頸部痛」、後遺障害の内容として「一応局所に頑固な神経症状を残すものとして症状打切」などと記載した自賠責保険後遺障害診断書を作成したことが認められる。
しかし、前掲各証拠に加えて、甲第六号証、乙第一ないし第五号証、第七、第八号証、被告本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、本件事故は、被告車両のブレーキが十分効いた段階での低速の追突であつたこと、原告車両の後部破損はリヤーバンパー等に僅かな凹損(修理費用五万二二六〇円)を生じたのみの軽微なものであつたこと、原告は事故直後現場に来た警察官に身体被害の申告をせず、警察官は物損事故として処理したこと、原告は、警察官から医者だけは行つておけと言われ、約一時間半後に原告車両を運転して須藤医院に赴いて診察を受け、帰宅した後、原告車両を一時間ほど運転して備前市の自動車整備工場に赴き、修理依頼をして代車を運転して帰宅したこと、原告は、須藤医院に、事故当日である平成二年二月一六日初診の後、同月一八日通院してから、同月三〇日以降頻繁に通院するようになつたこと、被告松尾は事故後二、三日した頃原告方に見舞いの電話をしたところ、原告の妻と思われる人物が応対して、原告が仕事に出かけて留守である旨返答し、しばらくして折返し、原告から同被告に対して電話があり、身体の方は大したことはない旨告げ、さらに、同被告が原告に見舞いの品を送付したところ、同月二九日頃、原告から同被告に対し、その謝礼に加えて、身体の方も通院はしているが、おかげさまで大したことはない旨記載した返書を出していること、原告が須藤医院で耳鳴りを訴え始めたのは、本件事故後二週間を経過した同月三一日からであること、原告は通院期間中須藤医師に対して仕事を休んでいるなどと訴えたことはなく、むしろ、同年三月二四日本件事故とは別に左足腓骨の亀裂骨折で受診した際には、「仕事が忙しい、乗るかそるかの大仕事をしている、ビルのかびをとる作業である」などと称して、ギプス固定を拒否したこと、原告は従前屋根工事、塗装工事、左官工事の請負等を目的とする有限会社平田屋根工事の代表取締役として稼働していたが、同月六日商号を有限会社モス平田と改め、目的にカビの殺菌、除去、防カビ処理、白蟻等の害虫駆除処理の請負等を加えて事業の拡張をし、同月一三日その旨の登記を経由していること、原告の症状は耳鳴り、頭痛、肩凝、頸部痛等の自覚症状に限られるが、これを裏付けるような神経学上の他覚所見はなかつたこと、原告の主訴が頑固に続き通院が半年近くに及んだことから、須藤医師は、本件事故以外の原因をも疑い、動脈硬化症等による頭痛、耳鳴りの可能性も念頭に置き、精密検査のため、原告を岡山済生会総合病院の脳神経外科に紹介したところ、同病院での検査結果では、レントゲンで本件事故とは関係のない頸部第五、第六頸椎に経年性の軽度の骨棘形成が認められ、CTスキヤンで大脳、小脳に軽度の萎縮像が見られる程度で、頭痛や耳鳴りを裏付ける他覚所見は発見されず、頭痛は筋緊張型(筋肉の凝り)が疑われるとし、耳鳴りについては耳鼻科の診察を受けるようにとの指示であつたこと、ところが、原告は何故か耳鼻科の診察を受けようとはしなかつたこと、須藤医師は、済生会病院の検査結果等を踏まえ、原告の主訴が事実だとすれば、その原因は、脳の萎縮に起因する血管の動脈硬化、あるいは高血圧や高脂血症(多中性脂肪)である可能性も疑われる旨指摘していること、以上のとおり認められる。
右認定の追突時の状況、原告車両の軽微な破損、本件事故直後からその後約二週間における長時間運転や加害者からの見舞いに対する応対等に代表される原告の言動内容、右約二週間経過後に通院が頻繁になり、主訴に耳鳴りが加わつたこと、通院期間中の原告の就労に関する言動、これを裏付ける事業の拡張及び登記経由の事実、原告の主訴に他覚所見がないこと、経年性の既往症ないし持病の存在等を総合考慮すると、原告が本件事故により頸部捻挫の傷害を負つたとは考え難く、また、原告が後遺障害として主張する症状も、仮に事実だとしても、原告の既往症ないし持病によるものとも疑われ、本件事故によるものとは認め難く、さらに、原告が休業していたとは到底認められない。
他に、原告が本件事故により身体に傷害を負い、後遺症が残存し、このため事業継続が事実上不可能になり、廃業に追い込まれたなどとする原告の主張を認める足りる証拠はない。
四 結論
以上によれば、原告の請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 矢延正平)